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    アリステアと貴緒と壊れた靴

    • 2010.01.13 Wednesday
    • 21:18



    「本当にそっちは順路なのに違いないの。」

    ぼくの声が全く届いていないかのようにアリステアはずんずんと、木々の隧道を進んでいく。
    ぼくも、後を追うが、進むにつれて道は薄暗くなってきた。
    傍らに流れる小川はひどく透明度が高くて、それでいて何も棲んでいる気配がない。
    さやさやと云ってはぼくをまた不安にさせるだけだ。

    「あ、アリスの靴、ストラップが壊れている。」

    彼に追いついたぼくは不安を抱いているのを隠すように新しい話題を探す。
    ぼくを静かに追う水音から耳をふさぐように。
    アリスの黒い革靴の金具が、一部欠けて壊れている。

    「しってるよ。」

    「なぜそんなものいつまでも履いているんだ。」

    彼の家はぼくほど生活に逼迫していないし、新しい革の靴くらいいくらでも買えるだろうに。

    「すきだから。」

    「壊れた靴がすきなの。」

    「壊れる前からすきなんだ。ただ今は壊れちゃったってだけのこと。」

    「ならば修理にだせばいいのに。」

    「そんなことしないよ。この靴の儘がすきなんだもの。」

    ふうん、とぼくは壊れた靴をもう一度見た。
    アリステアはいつも、まるでそれが一般論であるかのように自分の考えを口にする。
    それが否定されることを少しも恐れない。
    ぼくはいつだって、あたりを窺いながら、じっくりと言葉を選んでは後悔ばかりしている。
    そうやって言葉を繕い過ぎて
    今となっては、本当の考え方がどこにあるのかぼく自身よくわからなくなってしまった。

    「貴緒は莫迦だからね。ぼくと同じくらい莫迦だから。」

    アリスはそう云って笑った。
    ぼくはいつも、クラスメイトにそうするようにつられて笑ったりはしなかった。

    「ねえアリステア」

    ぼくはアリスの金具が壊れただけでまだつやのある靴とは違って、革の擦り切れてきた安物の自分の靴のつま先を見つめて云う。

    「ぢゃあきみはその黒い革靴がすっかり履けないくらいにくたびれてしまったら、その時はどうするの。」

    いつの間にかぼくらは木々の隧道の出口まで来ていた。
    頭上の木の屋根を失った先は、思わぬほどに日が差していた。
    アリステアが一歩、前へと踏み出した。
    隧道を抜ける。
    薄暗がりに慣れた睛が、光を拒絶して視界から翳が消え失せる。
    白く抜けた向こう側で、アリスの姿だけが浮かび上がった。

    「捨てる。」

    アリステアは笑った。
    優しさか、
    と問うと、
    無慈悲だろ、
    とアリスは答え前を向いた。
    ぼくもちいさく、笑った。
    日差しの中、今はまだ履けるその靴の左右のつま先を交互に前に出し、また歩き始める。







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