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    向こう側へ行った彼の話

    • 2014.11.23 Sunday
    • 20:04

    ここに一葉の写真がある。
    (書き出しでは、まるであのさみしがり屋の一生の話の様だが、これはまた全く違う話である。)
    その写真にはにこやかに笑いながら猫を抱えた少女の姿が写されている。
    彼女は自分の事を、女でも男でもありたくないと云っていた。
    特に晩年に至っては自分の名前の最後の一文字を「男」に変え名乗っていたほどであった。
    しかし彼女には恋した男性もおり、男でありたいという訳であったのではないと思われた。
    ただ彼女の意志を尊重し、仮にこれをこの文章の中では「Hオ君」とし、またこの先一切を彼女から彼へ変えて表記させてもらおうと思う。
    彼、Hオ君は幼い頃は引っ込み思案ながらも、慣れれば明るく、優しい気質のひとであった。
    ただ、10代になった頃から少しずつ、精神的に苦痛を覚えるようになったと、ある日云っていた。
    特に理由のない苦痛はHオ君をひどく苦しめた。
    ぼくには、その苦痛の人匙すら代わってやることも出来ないが、彼女が隠す手首を思うだけで、察するに余りあった。
    彼とぼくが最後にあったのは去年の夏の事であった。
    彼の希望で都内のゲームセンターや喫茶店を巡った、Hオ君は普段は関西に住んでいたから、こうして会うのは本当にひさしぶりのことであり、ぼくも彼も非常に待ちわびた再会であった。
    待ち合わせは駅のすぐそばのコーヒー店、彼はぼくの顔を見た瞬間笑顔で手を振り立ち上がった。
    そしてぼくが注文したコーヒーを待つ間に、一つ、小さな錠剤を飲み下した。
    「緊張した時に飲む薬」だと云った。
    彼はその日一日でぼくが知りうる間に三粒はその「緊張した時に飲む薬」を飲んでいた。
    それを見るだにいたいたしく、ぼくはここにいていいのか悩ましく思った。
    ただ彼はその一日を本当に楽しかったと云い、二人で撮った写真に、ピンク色の洋墨で「ダイスキ」と記していたことがぼくにとっての支えである。
    彼は列車の時刻が迫るにつれ、さみしそうな声を出すようになった。
    ただ、そのさみしそうな声の中に、若干の安堵も含まれていたように、ぼくには思えた。
    Hオくんと別れるさい、ぼくは彼の小さな体をぎゅうと抱き、次会う日について話をした。
    長く、未練たらしく話をした。
    今度会う時には「駒鳥のような装いで会おう」と云った。
    彼は「うん」と答えた。
    「きっと次の冬までには会おう」と云った。
    彼は「きっと」と答えた。
    「今度は隣町の寺社参りもしよう」と云った。
    彼はまた「そうしよう」と答えた。
    そして、ありがとうと云った彼は列車へ乗り込むと、笑って手を振った。
    彼はそして、次に会う約束を反故にした。

    その笑顔が、この一葉の写真に写されている。
    ぼくはこの写真のHオくんが本当に駒鳥になってしまったことを、信じたくないような、信じていたいような気持でいる。
    彼は笑顔であった。
    何もかもがつらくとも笑顔であったのだ。
    ぼくは何もかもがつらいHオくんが、空を飛べた事に、嘆き、そしてほんの少しだけの安心を覚えた。
    酷い人間かもしれない。
    それでも彼の苦しみは途絶える事なかった彼の苦痛は、消え去ったのだ。
    ぼくはそれを心のどこかで安心してしまった。
    ただそれを誰かに云う事はない。
    最後の権利を行使した彼を責めることは、あまりにも酷な話だ。
    だが、ぼくにはひとつだけ、彼に云いたい事がある。
    きっと会おうと云った約束を、破ったのだ。
    それだけはこづいてやりたいと思っている。
    彼は今なにを思うのだろう。
    ぼくは、生きているという事が今一つわからない人間である。
    つまり、生を失った時、意識がどこへ行くのかが分からない。
    ぼくは五つくらいの頃からかれこれ二十年ちかく、そんな事を考えている。
    魂なんていう概念的なものの証明など、できはしない。
    ただ、彼はきっと今、苦痛のない所にいるのだと信じたい。
    彼は、笑顔の良い、まるで天使のようなこだったのだから。












    氷菓
     

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