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    やさしい世界

    • 2015.11.25 Wednesday
    • 23:54
    生まれてきてしまった人間は死ぬまで生きるしかなくて、
    でもいつかは死ななくてはならない。
    それが、どんなに受け止めがたいスピードでやってきて、
    どんなに大切にしているものを攫っていこうとしても、
    それに抗うことは許されていない。
    世界には悲しいことや苦しいことがあふれている。
    だから時々、お風呂とか、誰もいない夜の庭とかで、
    悲しいなァ、とか、苦しいなァ、って云ってみる。
    でもあんまりそんな言葉を吐くと、
    身の回りに悲しいなァと苦しいなァがてんこ盛りになって、
    身動き取れなくなってしまうから、あんまり云い過ぎてしまわないように、
    注意する。
    でも、全く云わないようにすると、のどの辺りで、
    悲しいなァや、苦しいなァが、詰まった感じがして、
    呼吸がうまくできなくなるから、気をつけて生きなくてはいけない。
    死んでしまうことから、人間は逃げられない。
    神様にお願いしても、人間は死んでしまう。
    そんな神様に、何の意味があるのかな。って、
    時々思う。
    でも、そんな神様のために人を殺す人がいて、その悲しみを怒りに変換してまた人を殺す人がいて。
    世界はめちゃくちゃになって、病気も人殺しも、神様が決めたことなのかな。
    こんなに悲しい世界でも、神様が創ったものだから、正しいのかな。
    こんなに苦しい世界でも、神様が決めたルールなら、許されるのかな。
    それでも神様を信じるのかなァ、って、思う。
    綺麗な世界を綺麗な感情で無表情に汚していく人間は、
    神様に愛されるのかなァ。
    ぼくは、神様に愛されなくてもいいから、
    正しいことをしたい。
    世界から、ひとつだけでもいいから悲しいことを減らしたい。
    苦しむひとにやさしくしたい。
    それが独りよがりだと云われたら、そうなのだと思う。
    それでも、最後のときに、
    ああ、あのひとに何故やさしくできなかったろう。
    と悲嘆にくれながら意識を閉ざすようなのはいやだ。
    ぼくは、もし、あの子が嘘を吐いていて、この世界のどこかで、
    実は今も元気に楽しくやっているのなら、
    流した涙も神様や世界の大きな何かに対して吐いた言葉も何もかも、
    撤回なんてしないで、
    この世界を祝福したいと、思う。
    でも、世界は、そんなに、


    やさしくない。
     

    親愛なる

    • 2015.06.07 Sunday
    • 22:18
    ぼくは今、季節と季節のはざまにいます。
    要するに、まァ、相変わらず不安てってーことです。

    そんなぼくにも新しい友達ができました。
    少しだけ光明が見えてきたかもしれません。


    ただ、ひとっつだけ、年寄りのつまらない話を聞いてもらえますか?
    以前の記事でも匂わせていたのですが、実は、友達を自死で失いました。
    また遊ぼうね!と言って別れ、数か月の事です。
    夜中に電話が鳴りました。
    家族ぐるみの付き合いなので夜中に掛かってくることは珍しくもありません。
    所謂幼馴染、というやつです。
    「Hちゃんから電話?Hちゃんまま?」
    と電話の向こうでぼくははしゃいていました。
    また東京の方へ来るって言ってたから、その日程が決まったのか知らん、なんておもっていました。
    電話機に向かって喋りかける母の声のトーンの低さから、いやな予感はしていました。
    でも、まさか、そんな、だって。あらゆる限りの「しかし」を考えました。
    そして電話が切れたとき、母は予想だにせず穏やかな顔つきでした。
    もしかしたら、さっき考えた「しかし」の世界の話かもしれない。
    ぼくは愚か者だから、そう思いました。そう思いたかった。
    だから、泪をおさえ、「Hちゃん、いつ来るって?」
    答えは一番予想し易く、一番心に堪えるものでした。


    Hちゃん、しんじゃった。


    そこから先はよく覚えていないです。
    ただ、ひたすら泣いて、薬を飲んで、無理矢理眠りについたような気がします。

    本当に僕にできることなどはなくて、それでもぼくはあの子を妹のように思っていたから、しぬということが理解できなかった。
    もうHちゃんと話せない?
    もうHちゃんとあそべない?
    もうHちゃんにタバコやめなよー!
    って、お姉さんぶることすらできない。
    プリクラしようしよう!って云って、結局二人とも最新機種の取り扱いができなくてビミョーなのが焼きあがることもない。
    何よりももう、
    彼女の笑う声や、顔、握って歩いた掌のぬくもりは二度と手に入らないんだ。


    そんな様々が頭の中を過るとき、ぼくはまた、泣いて泣いて泣いて、そんな繰り返しで、そろそろ一年がたちました。
    それでもぼくはまだ、ときどき思い出してはないているのです。

    子の記事は、完全に自分の心の整理です。
    すみません。
    でも、あの子は、本当に、生きていくのには苦しいくらいに、ほんとうに、

    良い子だったんです。







    親愛なる   様
    君はまだ。2つのうちの1つ目の死を乗り越えたに過ぎない。
    君の場合、ぼくが生きている限り、きっと2つ目の死は少なくとも僕が死ぬときにまで持ち越されることだろうとおもうよ。
    だからそれまで、ぼくの二つ目の命を握りしめて失くさないようにして、待っていてください。




    氷菓

    生存

    • 2014.02.09 Sunday
    • 20:45


    理解しあえないことなんてないと思っていました。
    ぼくは基本的に人が好きです。
    初対面はまず、10から始まります。
    何かあってもプラスマイナス0よりも、その人に対する意識が低くなることがまずありません。
    だって、その人は、誰かにとっての大切なひとであるに違いないからです。
    ならば、わたしが知らない面を見ずに、その人の存在をマイナスと評するのは良くないと思うのです。
    だから、ぼくは世界中に本当にマイナスでしかない人とは、ほんの一握りだと思っています。
    ぼくは、理解して欲しいことがあります。
    ただ、それはとても主観的なことで、専門家でも、わかったりわからなかったりすることです。
    とにかく判じにくいのです。
    だから、わたしは好きな人にそれを伝えて、説明して、理解してもらおうとしました。
    でも、ぼくのすきなひとは、理解したくないと言いました。
    わたしは人のことが好きなので、人のことを理解しようとする姿勢は、当然の姿だと思い込んでしまっていました。
    ぼくの主観的なこの姿勢は、他人にとっては、ちんぷんかんな事なのだということも理解していたつもりでしたが、ただの、つもり、でした。
    ただ、理解しあえない世界は、とても淋しくて、理解しようとしない人は、理解されない人と同じくらいとても淋しいように思いました。
    でも、理解したくない人間にとって、相手を理解することはなにも有意義ではないのだということも、わたしは忘れてしまっていました。
    ぼくのすきなひとたちが、わたしのことをすきだとはかぎらないということは、痛いほどわかっていたつもりだったのに。



    それでも、ぼくは、世界も人も、愛おしくて、理解したくて、でも絶対的な理解は不可能で、所詮主観の世界で生きていて、それが悲しくて、
    ひどく淋しいのです。







    ありたい

    • 2013.01.16 Wednesday
    • 20:48


    考えています。
    なぜ考えているかというと、先日読んだ「ジーキル博士とハイド氏」で人間の表裏の描写があったことからです。
    (この小説は人間の表裏というより薬物依存の問題提起に近い気がしましたが)
    裏表の激しい人間は、それはあまり良くないものとは思います。
    ですが、多々の面で人間活動をしていく上で、
    表裏という程ではない、多少の顔の使い分けは必要だと思うからです。


    でも、うそつきや人を傷つける人にはどんな面においてもなりたくないと思うわけです。
    見た目だけで価値のある人間というものはいると思います。
    人の本来の価値は中身だという世間の総意に異議を唱えるつもりはありませんが、
    やはり、見た目だけでも価値の見出される人間といものは実際存在すると思います。
    才能だけでも価値のある人間はいると思います。

    自分は美人でもかわいくもハンサムでもイケメンでもありませんし、スタイル抜群でも、
    とりわけ人より勝ったところがあるわけでもありません。


    だったら中身は人に勝らずとも、人並にありたいと思うのです。

    人を害する嘘はつきたくありません。
    誹謗中傷はしたくありません。
    何か一つのことで他人を否定したくありません。
    自分を否定されても、他人の所為にしたくはありません。
    嫌なものを見ても、それを非難するのではなく、自分がそういったことをしないようにという教訓にして生きて行きたいと思います。
    誰かにばれないからと言って心にやましいことをしたくはありません。


    綺麗事かもしれませんが、自分はそうありたいと思っています。
    人がそれを法律や信心のところとして考えるように、
    自分はできればそうありたいと、思っています。



    よわむしな自分には、難しい事ではありますが、
    そうありたいと思います。



    久々にうだうだ思考してました。
    お目汚し失礼しました。

    足りない思考

    • 2010.10.13 Wednesday
    • 12:41


    足りない思考。
    何時だって自分を一番信用していない。
    自分の考えが、全てにおいて一歩及ばないことを知っている。
    自分の考えていることすら分からないのに
    どうして人の考えを読むことができるのか。
    考えたって結局
    自分の考えが先にたつような
    周到な立ち回りは出来なかったし
    出来るようになるとも思えない。
    自分の精神的な成長は此処で行き止まりかとすら思う。
    『精神的に向上心の無いものは馬鹿だ』
    自分だってそうおもう。
    だが、向上心ばかりで向上しなければ
    それはただの思い上がりの独りよがりが出来上がるだけだろう。
    それでも
    うだうだと考えずにおられないのは
    本当の馬鹿だからだ。
    べつ絶望なんてしていないし
    落ち込んでいるからこんなことを書き綴っているわけじゃない。
    ただこれが地なんだろう。
    性質がわるい。
    わらってしまう。
    詭弁ではなく、実際に、笑ってしまう。

    生存報告

    • 2010.06.15 Tuesday
    • 21:57
     
    生きてるけど
    写真とか言葉が作れないくらいには死んでます



    うーつー

    • 2010.06.10 Thursday
    • 23:11
     
    憂鬱の波に飲み込まれて
    ごろんごろんごろん
    そんな感じ。
    天地がわかんないくらい意識がシェイクです。
    あああ
    そもそも何がしたいんだ。
    分からん。
    何から何までわからん。

    うだうだうだうだうだ

    • 2010.06.04 Friday
    • 18:52


    気分が落ち込んでおります
    こういうときはもともとの卑屈さに拍車が掛ります
    だめだなあだめだなあ
    と、思いがちですね。
    何から何まで『だめだなあ』
    あっちもこっちも『だめだなあ』
    右も左も『だめだなあ』

    もうさあ、
    このブログなんてかなり辺境の地ですからね

    「読んでくださってるかたなんているのか・・・の●たくん、いないならいないって返事してよー!」

    とか。それくらいの勢いです。うざいんです、分かってます。
    いや、アクセスとかで、分かるんですがね。
    ちゃんと見てくださる方もいる(ありがとございます!!)ってわかってるんですが

    「それって違うって、お前のブログ読んでるんちがうんじゃね。きっと、ググった(笑)ら単語がなんか引っかかったからちょっと見ちゃっただけだって。」

    とか云う卑屈な発想。
    が。

    もうだめだーーーー


    なにか、解決しなくてはならないことが多い
    今日この頃です。
    まず、自分の心根を明るく改善したいなあ。笑

    愚痴りました。
    すみません。

    なぜに

    • 2009.09.03 Thursday
    • 01:31
     

    夜とか、夕方ってかなしいきもちになる

    夏の夕方なんて特に。
    長い一日が終わりに近づいて
    さっきまでのカンカンでりの顔してた太陽が急に赤くなってきたり
    そうするともう流されるままにそらまで真赤。
    地域の放送でどこからともなく微妙に重なり合って不協和音になった「ななつのこ」が聞こえて
    それが一日遊び疲れた帰り道だったりするともう、てきめんだ。
    かなしいのか淋しいのか焦っているのかなんなのか
    よく分からないが心臓がばくばくと云う。

    だからと言って冬ならばいい、というわけでもない。

    冬の日の早い夕方
    薄暗くなりかけた帰路をいく。
    足早になって少し息があがり、マフラーの口元だけが温くなった。
    それと相反して風を切る耳たぶの痛いほど冷たいこと。
    だからといって歩みを緩めるわけにはいかない、家につくまでは冬の夜に追われているのだ。
    家につけばまずストーブを付ける。ストーブはスイッチを押して少ししてからブン、と鈍い音をたてながらようやく起動する。
    このにおいがまたなんとも言われえぬ焦燥感を与える。
    なんとか落ち着き何か温かいものを、などと思いやかんを火にかけ外をふと見やると
    先ほど息せき切るようにして歩いていたときはまだ
    「夜になる途中」だったのにもう既に外は「夜」になってしまっていることに気づく。
    家族は留守で一人。
    窓の外に見えるマンションや住宅の群れには煌々と家庭の燈がともっているらしい。

    あー、もうだめだ。

    だからといって秋や春ならいい。というわけでもない。



    もういいか。
    きりがない。

    とにかく何かと不安感やら焦燥感やら、を抱く今日この頃。



    といってももう5年以上患っている。笑(えねー)

    だめねえ。

    • 2009.08.18 Tuesday
    • 19:01
     

    何時まで経っても幼いから
    ちゃんとできないんだよ。
    だめだねー

    みんな大きくなったのだから
    電話したらまず
    『今へいき?』
    って聞かなくちゃならないのだったね

    そんな風に
    ぼくはみんなに置いていかれているよ
    いつのまにか、ついていくことを放棄しちゃったみたい。
    あきらめちゃったみたい。
    進むことよりとどまることのほうが
    易しいようにおもえるんだもの。

    いつかはちゃんと、
    みんなに追いつかなくちゃいけないって
    わかっているけど。
    今はまだ、むりみたい。
    もうすこししたら
    きっと頑張れるから。
    今はまだ、もう少しだけここにいたいよ。





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