‐カリン‐後日談

  • 2011.01.27 Thursday
  • 23:42




正月も明けて早々のうちに風邪を引いた。
朝起きると声が出ずその日の午後にはすっかり弱っていた。
きっかけは恐らく師走の内、無精して綿入れやら、火鉢やらを出さずにいたことだろう。
三日間熱が引いたりまた押し返したりの繰り返しで、久しく忘れていたあの宙に浮くような感覚を思い出した。
昨日は学生時代の同級が見舞いに来て、おかしな声で喋る私を散々と冷やかして帰っていった。
私はこの歳にして人望というものを考えた。
そんなこんなで粥を作って持ってきてくれたりと、本当に心配してくれたのは隣の奥さんくらいのものだった。
ここに越してきてからこうして事あるごとによくしてくれるので、私としては大変助かありがたく思ってはいるものの、反面少々心苦しくもあった。
すっかり熱も引き、風邪の名残は痛む咽喉としわがれた声のみとなった私は、そろそろ仕事を再開せねばと文机に向かっていた。
しかし一向に筆が進まぬ。
頬杖をつき考えこんでいると表の戸を叩く音がした。
いったい誰であろうかと私はたたきにおり、下駄をつっかけて戸を開ける。
開けてはみるが誰の姿もない。
通りに一歩ばかり出てあたりを見回してみるが、やはり誰もいない。
さては近所の子供のいたずらかと、戸を閉め居間に戻る。
なんとなく書斎に戻る気にはなれなかったので襖を開けて縁側へ出ると、出て右側奥の柱の影になにやら置いてある。
寄って見てみると、いつぞや花梨を包んで垣根の向こうへやったはずの例の古い風呂敷であった。
持ち上げると何か硬く重たいものが入っている。
風呂敷の結び目を解き広げてみると、中身の詰まった壜が一つ包まれていた。
蓋を取ると甘い蜂蜜の香りがした。」
どうやら花梨の蜂蜜漬けの様であった。
例の狐の仕業かと、私はすっかり忘れていたあの出来事を思い出した。

「あら、蜂蜜漬けですのね」

と縁側に立っていた私に庭の生垣の向こうから隣の奥さんの、和やかな声がかかった。
生垣はさすがに年を越すにあたって手入れをした。
いささか刈り込みすぎて女性の背の丈でもこちらを伺えるようになってしまったが、見られて困ることもなかろうと上出来とした。

「ええ、今気付くとここに置いてありました」

「良い色に漬かってますこと」

云われてみればそれはうす曇の空に透かすと、まるで研磨した琥珀玉のような色合いであった。

「咽喉にもよろしいでしょうね、そのがらがら声もきっと治ります」と奥さんは何か可笑しそうに云った。
はあ、と私もしゃがれ声で笑い、そろそろ足元から冷えてきたため室内に戻らせてもらうことにした。
奥さんも庭掃きに戻ったようだった。

その晩私は床にもぐりこむ前、湯にといてあの花梨漬けをありがたく賞味した。
ささくれた咽喉にひどく沁み、これはいけないと思ったが、翌朝果たして私の痛んだ咽喉はさっぱり全快していたのだった。


-終-


 

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アリステアと貴緒と青い船

  • 2011.01.11 Tuesday
  • 23:49



ぼくたちはそれから随分と歩いて、大きなとおりに出た。
するとおかしな格好をした背の高いビラ配りがひとり
まるで踊るような足取りでやって来て
アリステアの手元に一枚、
濃紺の洋墨で刷られたビラを渡し、
また踊るように去っていった。

「この絵は船かしら」

ぼくは彼の手元を覗き込む。

「ああ、どうもこの先の港に船が来ているらしいぜ」

「もう日の暮れる頃だけれど、観にゆこうか」

「ゆこう。大型の客船なんて、そう観られるものじゃあない」

それがちょうど夕陽の落ちようという時分のこと。
日のすっかり落ちたいま、
ぼくとアリスは
あのビラのイラストよりも数倍は豪華な客船のデッキに立っている。
白い船体は隅々まで眩いほどの青白いライトに照らされていた。
冷たく鋭い海風が、
頬を、耳を、指先を
まるで裂こうとしている様に吹いている。

「船というにはいささか大きすぎる気がするね」

「これで本当に波の上へ浮いて、遠くの国へゆけるのかな」

「さあ。実は船底と海底がすっかりくっついていて、ここから一米も動きやしないのかも」

「莫迦云って」

アリステアはそう云って笑い、ぼくも笑った。
それはまるで解りきった嘘だったけれども
何故だかひどくこの船を滑稽に見せた。

デッキはひどく寒かったが、遠く下に暗い海の音が聞こえ
空を見上げると、一等星がうっすらとかがやいていた。

「この照明の所為で、銀河の流れまでは見えないや」

ぼくは真上を向いて云う。
伸ばした首筋にまた海風が刺さる。

「本当だ。明るいというのも善し悪しだね」

「ああ、善し悪しだ」

ぼくとアリスは空を向いたまま
ほう、とひとつふたつ白い息を吐いた。

白い息は暗い空へ昇り
視界に一筋の銀河を流し、一瞬かがやいたように思うと
それはゆっくりと消えていった。

ぼくらはそれから何も云わずじっと夜空を仰いでいたが、
一瞬の銀河の流れがすっかり消えてしまうと、
なんだか無性にホットショコラが恋しくなりデッキを後にした。
後ろ目に見た船はいまもまだ
まるで夜を知らないように、
煌煌と青白く照らされている。





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-カリン-

  • 2010.12.09 Thursday
  • 17:54



庭の榠樝が実をつけた。
いつの間に花を咲かせたか知らないが、気付くと庭の石畳の上にころりとひとつ大きな黄色い実が落ちていた。
頭上を見ると、枝に鈴なりに榠樝の実が生って、枝を重たそうにたわませている。
足元のそれを拾い上げて、鼻元に近寄せる。
ほんのりと甘ったるい香りがする。

「良い榠樝ですね」

生垣の向こうから、不意に声を掛けられた。
越してきたころには胸あたりまでの高さだった生垣は、私の無精の賜物により背の丈よりも少し低いほどの高さまで成長を遂げていたので、声の主はとんと見えない。
加えて生垣の向こうはあまり人通りが多いとはいえない細道であるから、そんなところより到底声がかかるとは思ってもみなかった私の蚤の心臓は跳ねんばかりである。

「ええ。いつの間にか随分と沢山生ったものです」

私が出来るたけ平静を装って、そう云うと生垣の向こうからまた、声が返ってくる。

「どうなさるんですか」

ほほう、この実が狙いで声をかけたのだったかとここで私は漸く合点がいく。

「そうですね。一壜くらいは酒にでも漬けましょうが。どうです、少しお持ちになりませんか」

「それは、ありがたい、よろしいんですか」

「ええ、かまいません。今いくつか包みましょう」

こんなに生っていても独り者の私では、精々庭掃除が忙しくなるだけだ。
ならば持っていかせてしまえと、また私のものぐさが顔を出す。

私は箪笥から風呂敷をひとつ出してきて、着物の裾を少し持ち上げてひょいと幹に足をかけもぎ取った実を五つ六つ包んだ。
お隣の奥さんにもおすそ分けするからと、ついでにその分ももいで縁側に置いておいた。

「いまそちらに回りましょう」

と、私が表へ回ろうとすると「それには及びません。ここの生垣の上からこちらに渡してくだされば」と云う。
はて、と思ったものの、私もあまり人前に出られた格好をしていたわけではないから、そうさせてもらうことにした。
私は少し背伸びをして、重たくなった風呂敷を手に下げ差し出す。

「もうちっと低く」

「どうですか」

「もうちっと」

「これよりはいけません。やはり表に回りましょう」

私がもう一度表に回ろうとすると、また「いえいえそれには及びません」と声がする。

「では、この生垣の下から、ぐいと押し出しては貰えませんか」と云う。

おかしなひともいたものだと思ったが、こちらも体よく押し付けているようなものなのでそれに従って、生垣の下から風呂敷を押し出した。
すると、一瞬で榠樝は生垣の向こうへ引っ込んでいった。

「風呂敷はいずれお返しいたします」

と声がした。
古いものなので持っていってもらってかまわないと告げたが返事がない。
へんに思い生垣の下から向こうを覗いてみると、べろりと鼻面をなめられた。
犬だった。

「あらやだ、なにをなさっておいで」

隣の奥さんの声が追って聞こえる。どうやら散歩の帰りらしかった。

「そこにどなたか見えませんか」

「いいえ、ずっとこの一本道を来ましたがどなたともすれ違いませんでしたし、向こうにもだれも見えませんわ」

急いで生垣の向こうへ回ってみると、確かに何かを引きずったような後はあるものの、誰の姿も見えなかった。
こいつはどういうことかしらん、と奥さんに斯く斯く云々話すと奥さんは道の向こうに見える山のほうを見ながら

「狐かもしれませんねえ」と云った。

狐も榠樝をつけるのだろうか、とは思ったが、そういうこともあるかと、無理矢理納得した。
私の分も酒に漬けてくれるというので、一度庭に戻り、またいくつかもいでから隣へ持っていった。
今年は美味い榠樝酒が飲めそうだ。



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アリステアと貴緒と骨という個体

  • 2010.09.28 Tuesday
  • 23:47



ひとりひとり、なんて云うけれど、
この恐竜が生きていた頃仲間たちに何という名前で認識されていたのか
誰も知らない。

「ぼくたちが今ここで並んでこうしていることを、明日になって、幾人の人が知っているだろうか」

ぼくはつぶやく。
アリステアは何も云わない。

あしたになって、
あさってになって、
そして幾年も経ったとき、
いったい何人の人がぼくたちの今を教えてくれるかしら。
何千年も経ったとき、
きっと誰もぼくたちを個体として認識しない。

「それは、ひとつの幸せかもしれない」

アリスが云った。

「シニシズムかい」

「ニヒリズムかもよ」

ぼくたちは少し笑って、また骨になった恐竜を見た。



きみは今何処にいる―――
ぼくは今何処にいる―――



「以前何処にいようが、以降何処に行こうが今を知らなきゃ意味がない」


過程よりも結果を。
それは余りに単純で
無慈悲のように思われるけれど、
その考え方が無ければ
個性などを思いつくことも無い。


ぼくたちが人類であるという前提が無ければ
アリステアと貴緒という名前は、まったくの無意味と化す。



「とりあえず、ぼくと貴緒はここにいる。そして空腹だ、たった今ね」


違いないとぼくは笑った。

ぼくたちはそれから
恐竜と、人類と、今を構成する過去に背を向ける。

それはシニシズムでもニヒリズムでもない。
ただの一つの過程。


そして今に向き直り、
これからと今まの全てのうちのたった一日でしかない、
けれども、どの一日ともまったく同じではありえない今日の
大切な夕食について議論を交わす。


「肉がいいな」

「魚が食べたい」


アリスとぼくはそれぞれに云い、
そしてともに笑った。






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アリステアと貴緒とつながらない空

  • 2010.09.20 Monday
  • 23:40


「高い空を見ると、
なんだか淋しいような気がする」 

アリステアは、急にそう云った。
立ち止まるでもなく、ぼくと並んで歩いているときに
ふと、そう云った。

「清しい、の間違いではなくて、」

「清清しくはあるけれどさ、やっぱり淋しいような風になるよ」

ぼくは空を改めて見やる。
澄んでいて、
高くて、
ぼくたちが遠くへ行こうと云ったあのときと同じ色の空。

「そういわれると、そうかもね」

「云われなくちゃそうでないなら、貴緒にとってはそうでないんだよ」

「そうかな」

「そうだよ」

ぼくが綺麗だと思う空を見て
アリスは淋しいと云う。
ぼくたちは歩みを止めない。

ぼくは考える。

思うことと、理解かることは別だから
いつだってぼくは考える。
自分とは明らかに違う個体の残した言葉の意味。
それが分かっても、きっとぼくの世界はちっとも変わらないだろうけれど
考えないままでは
いつまでたっても他人は霧の様にあやふやだ。

大切なのは、考えることだ。
考えて終わる、世界じゃないけれど。

「世界とか云うとまたアリスはわらうかな」

「笑いやしないよ。貴緒の中でぼくはそんなに悪人なの」

アリスは心底おかしいという風に笑った。
ぼくも笑ったけれど、おかしくはなかった。
たぶん、ただ此処にいるからという理由で笑った。

「ねえアリス、遠く離れていても同じ空の下、なんて言葉があるね」

「あるみたいだね」

「でも今、君の空は淋しくて、ぼくのそらは清しいんだよ」

「つまり、」

「つまり、空はつながっているけれど、同じ空は二つと無い」

どこまでも広くて、
どこまでも、一人きり。
どこにだってつながっているけれど、
どこを探したって、だれも居やしない。

「それって、やっぱり淋しいね」

そういってアリスはまた、笑った。
ぼくはひどく淋しくなって、もう笑わなかった。




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アリステアと貴緒とシルエット

  • 2010.03.07 Sunday
  • 21:51




「ああ、すっかりシルエットだねえ。」

アリステアは云った。
ぼくは何のことか尋ねようと思ったけれど、
そう云った彼の横顔の影がつんと澄ましていて
なんだかとても張り詰めているように思えてならなかったので、止すことにした。
ぼくは彼にならんで、庭を眺める。
さっきまでぼくらが遊び歩いた橋が、
あの鯉たちの泳ぐ池にはっきりと映っていた。

急に勢いを増して照りつけた陽から
逃れるように屋内へと足を踏み入れた。
それは簡素な東洋風の建築であったのだが
いつの昔から建っているのかしらぬその家屋は
滑らかで
涼やかで
うつくしかった。
ぼくらを匿うその建物の中は、外の光とは対極に冷たいほどの空気で満ちていた。

「なんだか、ここは眠りたくなる場所だね。」

ぼくは欠伸を隠す。

「眠るのならば置いていくけど。」

アリステアはそう云いながら、自分でもひとつ大きな欠伸をした。

「眠るのはきみじゃないか。」

「そうかな。二人ともかもしれないね。」

そうなったらどうだろう。
ぼくらはここで昏々と眠り、
いつの間にか陽が落ち
外のあの目映い光は消え失せ
この建物の中のひっそりとした薄暗さと
屋外の無闇に何もかもを取り込もうとする夜が同化して
すべてが見えなくなって
この手触りのよい欄干も
ぼくたちを守ろうとしていたはずが足をとるばかりになる。
空気との境目を見失ったあの鯉たちの棲む池は
やはり陸のものを欲しがるのだろうか。
何も持っていないぼくたちでも、
その中へ連れてゆこうとするのだろうか。

「行こう。貴緒。」

アリステアの振り向いた顔は
きっと笑っていたのだろうけれど眩しくてぼくにはわからなかった。

「行こう。アリステア。」

どこか、陽の沈まないうちに。

「安宿があるかしら。」

ぼくたちは、笑った。











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アリステアと貴緒と壊れた靴

  • 2010.01.13 Wednesday
  • 21:18



「本当にそっちは順路なのに違いないの。」

ぼくの声が全く届いていないかのようにアリステアはずんずんと、木々の隧道を進んでいく。
ぼくも、後を追うが、進むにつれて道は薄暗くなってきた。
傍らに流れる小川はひどく透明度が高くて、それでいて何も棲んでいる気配がない。
さやさやと云ってはぼくをまた不安にさせるだけだ。

「あ、アリスの靴、ストラップが壊れている。」

彼に追いついたぼくは不安を抱いているのを隠すように新しい話題を探す。
ぼくを静かに追う水音から耳をふさぐように。
アリスの黒い革靴の金具が、一部欠けて壊れている。

「しってるよ。」

「なぜそんなものいつまでも履いているんだ。」

彼の家はぼくほど生活に逼迫していないし、新しい革の靴くらいいくらでも買えるだろうに。

「すきだから。」

「壊れた靴がすきなの。」

「壊れる前からすきなんだ。ただ今は壊れちゃったってだけのこと。」

「ならば修理にだせばいいのに。」

「そんなことしないよ。この靴の儘がすきなんだもの。」

ふうん、とぼくは壊れた靴をもう一度見た。
アリステアはいつも、まるでそれが一般論であるかのように自分の考えを口にする。
それが否定されることを少しも恐れない。
ぼくはいつだって、あたりを窺いながら、じっくりと言葉を選んでは後悔ばかりしている。
そうやって言葉を繕い過ぎて
今となっては、本当の考え方がどこにあるのかぼく自身よくわからなくなってしまった。

「貴緒は莫迦だからね。ぼくと同じくらい莫迦だから。」

アリスはそう云って笑った。
ぼくはいつも、クラスメイトにそうするようにつられて笑ったりはしなかった。

「ねえアリステア」

ぼくはアリスの金具が壊れただけでまだつやのある靴とは違って、革の擦り切れてきた安物の自分の靴のつま先を見つめて云う。

「ぢゃあきみはその黒い革靴がすっかり履けないくらいにくたびれてしまったら、その時はどうするの。」

いつの間にかぼくらは木々の隧道の出口まで来ていた。
頭上の木の屋根を失った先は、思わぬほどに日が差していた。
アリステアが一歩、前へと踏み出した。
隧道を抜ける。
薄暗がりに慣れた睛が、光を拒絶して視界から翳が消え失せる。
白く抜けた向こう側で、アリスの姿だけが浮かび上がった。

「捨てる。」

アリステアは笑った。
優しさか、
と問うと、
無慈悲だろ、
とアリスは答え前を向いた。
ぼくもちいさく、笑った。
日差しの中、今はまだ履けるその靴の左右のつま先を交互に前に出し、また歩き始める。







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アリステアと貴緒

  • 2009.12.10 Thursday
  • 19:22






アリステアは僕を屋上へ呼び出して
何を云うのかと思えば
さあ、旅に出ようよと云う。

「どういうことサ、」

「こんな錆付いたところとはオサラバしようぜ、ってこと。」

「錆付いた、・・・て別に僕はなんの不満もないぜ。」

僕は口では抵抗するような姿勢を見せるが、いつだって答えは決まっている。

「うそだね。」

そう。うそかもね。ぼくは嘘つきだもの。
でもどこに行くの。
僕らはここ以外どこも知らないのに。いま君が錆付いていると云ったこの狭い世界しか。

「どこかとおく。」

遠く。
とおく。
それもいいかもしれない。
でもすんなりアリスの言うことを聞くこともないだろう。
もし、もし君が、僕の名前をよんだなら。
そうしたら、

「さあ、行こう。貴緒―――。」

いいよ、行こう。
どこかとおく。
どこへでも、








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アリステアと貴緒と飛び石のある池

  • 2009.12.09 Wednesday
  • 00:06






「貴緒、おちるなよ。」

きみはぼくみたいに運動神経がよくない
とアリステアは嘯く。
ぼくは莫迦云え、と後に続く。
水面の下ではたくさんの鯉たちが、空に向って口を開閉している。そのたびに水はがぼりがぼりと音をたてて飛沫を飛ばす。

「なんだか気味が悪いや。」

ぼくは少し、身を引いた。水面から浮かんでは沈む鯉たちの鱗や睛が鈍く光るのが、なんだか怖いような気がした。

「そうかな、ぼくはべつに平気だぜ。ほら。」

そう云うや、アリスは屈みこむとなんの躊躇もなく人差し指を池へと差し入れた。
無数の鯉はそれに気がつくと、餌と思いこんだのか次から次へとアリステアの指にかぶりつく。

「やめろよ。アリス。」

ぼくは驚いて大きな声を出してながら、一つ飛ばしてアリステアの立っている石の一つ手前まで駆けた。アリスはぼくの声には動じず笑って鯉に指を食べさせている。

「餌と間違えてる。」

「痛くない。」

ぼくが聞く。

「痛くない、こいつら歯がないみたい。」

「鯉はくちには歯はないよ。」

ぼくはアリステアを止めるのをやめた。

「ただ、咽喉に歯があるんだ。貝や何かだって砕いて食べる。」

アリスは少しとまって、ようやく指を引っ込めた。
屈みこんだまま鯉を見ている。鯉は飽きたのかそれが餌ではないと気付いたのか、ばらばらと散り始めた。
アリステアは立ち上がると濡れた指先をコォトの裾でぬぐった。

「鯉はなんだって食べる。」

今度はぼくが屈みこんで池をのぞいた。水面に映るぼくの影に、また鯉たちが集まりだした。
ついさっき、アリステアにもてあそばれたことなんて忘れてしまったらしい鯉の集団は、口を開閉しだす。がぼり、がぼり、がぼり。
ぼくは右手の人差し指を、そ、と水に近づける。

「もう行こう。」

アリステアは小さな声で云った。
ぼくはおかしくなって笑った。

「アリス、あそこで、鯉の餌を売ってるよ。一袋買って、あげてみようか。」

ぼくが云うとアリスも笑って、もうさんざんあげた、やつらが食べなかっただけだよ。
と云い、飛び石を一つとんだ。









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アリステアと貴緒と動物園のきりん

  • 2009.12.03 Thursday
  • 01:04



アリステアが云った。

「ひと休みしようよ。ぼくは少し疲れてしまったみたい、脚がジンとするや。このきりんところがいい。」

彼は少し先に見えるきりんの大きなオブジェを指さした。たしかに少し疲れていた。何せぼくらは今日一日、ランチすら忘れる勢いでたくさんの物をみて、駆け回っていたのだから。
一足先にキリンのオブジェの足元へ行ったアリスを、ぼくも少し早足になって追った。アリステアよりぼくのほうが駆け足は早いのですぐに追いつく。
鉄柵に体重をかけ、休むアリスの横に立ち、同じように柵に身をあずける。

「このきりんはいつからここに立っているのかな。さっき見た本当のきりんより長くここにいるのかしらん。」

「さあ、どうだろう。でもきっとまだ新しいよ。」

だって、黄色がこんなに鮮やかだもの。
この古びた動物園のなかではきっと新しいものに入るだろう。

「それじゃあきっとまだずっと、ずっと、ここに立っていなくちゃあならないんだろうね。」

「まあね。アリスみたいにちょろちょろと動き回って、授業中に先生に怒られることはまずないだろうね。」

と、ぼくがからかうような返事をする。
アリスは少しむくれたような表情をしたが、すぐに何時もの顔にもどる。

「貴緒だって、よく授業を抜け出してどこへだっていっちゃうだろう。」

おんなじようなもんさ、と笑う。
アリステアの笑った横顔に、傾きかけた陽が差して一瞬の間、視界が真っ白になった。

「アリス、大変。もうこんなに陽が落ちている。ぼくたち、まだこれから獏のあかんぼうを見なくっちゃならないのに。」

ぼくは、あわてて身を預けていた鉄柵から身体を離す。

「本当。まだ、豹だって見ていないんだ。急ごう。」

アリステアはそういってまた、ぼくよりひと足先に駆けだす。
ぼくはまたすぐに追いつき、いつものように並んで歩いた。











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